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一悟術の智慧
「幸せ」、「豊かさ」、「人間関係」、・・・。

誰もが日常的に経験し、その大切さを感じてはいるけれど、
なかなかその本質まで掘り下げる機会が少ないテーマがあります。

「一悟術の智慧」では、こうしたテーマを取り上げて、
一悟術的「モノの見方」を、対話形式でわかりやすくお伝えしていきます。

一悟術の智慧 壱の巻「幸せについて」
■その1

唐突ですが、積年の疑問です。

「幸せ」って何でしょう?

私は、自由を感じた時や、周囲の人が楽しそうにしているときに幸せを感じます。
でも、他の人はまた違うことで幸せを感じるでしょう。

「幸せ」を感じるものは人によって違う気もするし、美しい風景など共通して感じるものもある気がします。

「幸せ」を感じるメカニズムはどんな風に働いていますか?

「幸せ」を感じる部分には、共通の部分とその人固有の部分があります。
共通の部分は「本質的な幸せ」と呼ばれる場所です。

ここにつながれば、条件なしで自分の中に幸せがある、と感じられます。
周囲の人が幸せそうな顔をしていなくても、自分が何かをしていなくても幸せと感じられる、 そういう「本質的な幸せ」です。

そして、これは誰でも自分の中に共通して持っている部分です。


条件つきの幸せの部分は、「本質的でない幸せ」ということですか?

その人固有の「幸せを感じるための条件」が「本質的な幸せ」の部分を刺激して、幸せを感じる、ということです。

もし「本質的な幸せ」を心の中に持ってない人がいるとしたら、どんな条件によっても幸せを感じないでしょう。


「幸せを感じるための条件」というスイッチがONになると、「本質的な幸せ」に作用し、幸せを感じる、というメカニズムですね。

そういって良いでしょう。
無条件に幸せを感じる部分は、誰もが持っています。

だけど、ダイレクトにそこにつながって幸せを感じられる人は少ないでしょう。

それは、いろんなトラウマが邪魔をしたり、観念(思い込み)が邪魔をしたり、と「本質的な幸せ」を覆ういろんなフィルタが存在しているからです。

だから、条件なしで「本質的な幸せ」につながれる人は少ないです。


観念・トラウマなどの「フィルタ」の影響によって、人それぞれの幸せに感じる条件が出来上がってきます。

わかりやすい例は、観念で「私は、彼氏/彼女がいたら幸せ」と思っていたら、彼氏、彼女ができると幸せになります。

だけど、本当に幸せを感じる部分というのは、無条件で感じる部分が中にあって−「本質的な幸せ」−、そこが源泉になっています。


ということは、今現在、何らかの条件で幸せを感じている人は、無条件で幸せを感じられる可能性がある、ということですね?

いや、そうじゃなくて、「誰でも」です。
今幸せを感じていなくても、誰もが「幸せの種」を持っています。


絶対に持っているんですか?人間であれば誰でも?

はい、持っています。誰でも。
幸せを感じるのをどれぐらい引き止めているか、その違いです。


これまでに、一度も幸せを感じたことのない人であってもそうなんですか?

はい、持っています。
実際にヒーリングして、これまでに一度も幸せを感じたことがなかったけれど、幸せを感じるようになったという方がいます。


それは、素晴らしい。希望ですね。ありがとうございます。

ちょっと補足したいことがあります。

今の話で、少し誤解を生む部分があって、観念で 「こうであれば幸せ」という風に、ガチガチに思い込みで決めている場合は、本人は幸せと思っていても、本当には幸せを感じていない場合もあります。


観念で例えば「お金があれば幸せ」とガチガチに決めておけば、実際にお金を手に入れると、幸せだと思い込んでしまう、ということですか?

つまり、「本質的な幸せ」につながらなくても、擬似的な幸せを感じることがある、ということですか?

次回に続く・・・


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