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一悟術の智慧
「幸せ」、「豊かさ」、「人間関係」、・・・。

誰もが日常的に経験し、その大切さを感じてはいるけれど、
なかなかその本質まで掘り下げる機会が少ないテーマがあります。

「一悟術の智慧」では、こうしたテーマを取り上げて、
一悟術的「モノの見方」を、対話形式でわかりやすくお伝えしていきます。

一悟術の智慧 壱の巻「幸せについて」
■その2

観念で例えば「お金があれば幸せ」とガチガチに決めておけば、実際にお金を手に入れると、幸せだと思い込んでしまう、ということですか?

つまり、「本質的な幸せ」につながらなくても、擬似的な幸せを感じることがある、ということですか?

そうです。


うーん、それはややこしくて、トリッキーですね。

確かに頭で考えるとそうですが、それほど難しくはありません。

判断基準としては、心から本当に幸せとかんじられるのか、そうでないのか?
もっとわかりやすいのは、他人の目から見て幸せそうに見えるか、みえないか?で判断できます。


なるほど。
本質的な幸せとつながっていれば、他人の目から見ても幸せそうに見える・・。

もしくは、見えないとしても、伝わってきます。


それに関連して聞きたいことがあります。

世の中には達成中毒みたいな人がいます。
何か目標を達成したら幸せになると思って、頑張って達成します。

達成するんだけど、なんかまた物足りなくなって次の目標を設定します。
その目標が達成するまでは、これが達成したら幸せなはずと思ってやってるんだけど、達成した次の瞬間、−その一瞬は楽しいんだけど− もう幸せじゃなくなる、というような人は、今話したような、擬似的な幸せ、観念で決めた幸せ、 を追いかけていた、ということですか?

はい。そういうことです。


ありがとうございます。

では、次に「本質的な幸せ」を取り囲んでいるフィルタについて聞かせてください。

「本質的な幸せ」と、その周囲にトラウマ、観念といった「フィルタ」が存在している、とのことでした。

これまでの話でいくと、幸せになるための条件が少ないほうが、幸せに生きやすいと思います。
それには、フィルタをできるだけ減らすのが有効でしょう。

フィルタのうちの「トラウマ」はヒーリングで解消されていきますが、「不要な観念」については、どうやってクリアしていけばよいでしょう?

ここでは、「幸せ」に焦点を絞って話しますが、「自分が幸せになっていい」という許可を出すこと、が大切になってきます。


これは、ヒーリングによる、トラウマの解消でかなり起こってきますよね?

そうですね。
後は、自分が「幸せ」と感じる経験、体験の数を増やしていくことが大切です。


経験・体験によって、観念が書き換わっていくということですね?

そうです。
ヒーリングを行うことで、トラウマが解消され、不要な観念がとても書き換えやすくなっていきます。


不要な観念の書き換えは本人が意識的にやる必要があるんですね?

そう。
ただ、ヒーリング後は観念自体がとてもゆるくなっています。

タガが外れそうな状態にあるので、容易に外せる状態です。


トラウマの解消は進んできたんだけれど、幸せに向かって最後のあと一歩なのに、飛び込むのを躊躇している人もいます。

先程話に出たような、これまで観念でガチガチに、条件つきの幸せを追い求めてきたような人です。

ヒーリングが進み、その観念が揺らいでいるんだけれど、維持したいという狭間にいるような人、観念が書き換わりそうで書き換わらない人に何かヒントはありますか。

ですから、繰り返しになりますが、「幸せな体験をする」ことです。
体験・経験で観念が書き換わっていきます。

トラウマが取れてくると、「幸せな体験」というのは、ある程度共通してきます。

例えば、おいしいものを食べたり、素敵なものを見たり、コミュニケーションがちゃんと取れるとか、基本的な欲求に立ち戻ってきます。

それらが満たされれば、「幸せ感」というのが満たされます。
その時に、「幸せである」ことに意識を向け、それに気がつけば、「○○という条件がなくても、私は幸せを感じられる」という体験ができます。

この体験によって「条件つきの幸せ」の観念が解消されていきます。


観念の書き換えについてですが、次のようなアプローチは可能ですか?

「私は幸せじゃない」という観念を持っている人がいて、そのことに気がつき、深いところで、その観念を捨てることを決め、次に「私は幸せだ」とコミットしました。

体験を伴わないで、このコミットだけで観念を書き換えることは可能ですか?

そうですね。書き換わる部分もあるけれど、やっぱりそれを事実として裏付けるためには体験が必要でしょう。

どちらが先でも良いですけど。

観念の書き換えをしてから、体験するのも良し。
いきなり体験してから、観念が書き換わっていくのを見ていく、というのでもどちらでもよいでしょう。

いずれにせよ、体験が伴わないと机上の空論になってしまいがちです。


少し話を変えて、欲求・欲望と幸せの関係について聞かせてください。

人間の基本的な欲求の中に、食欲、睡眠欲、性欲とありますが、性欲は危うい要素を持っている部分があると感じます。

欲望を満たすというところと微妙なラインですが、確かに一体感とかエネルギーがひとつになるとかっていう部分では非常に幸せを感じると思います。

ある意味、誰もが得やすくて、それが故に間違えやすい部分があると思いますが。
例えばセックスさえしていれば幸せだと思ってしまう人、依存症については、どう考えればよいですか・・。

次回に続く・・・


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